学問の小部屋

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吸音材料

このページでは主に騒音制御、吸音材料について述べる。

遮音と吸音

遮音材は音波のエネルギーが外部に漏れるのを防ぐために使われる。鉛板、コンクリートなど密度が高くがっしりとした素材ほど音波は反射し、透過しない。これを質量則という。音漏れを防ぐ意味で第一に重要なのは気密性である。音波は容易に回折するので、強力な遮音材で空間を囲っても一部外気とショートしている部分があると、その部分から外に音が出て行く。遮音構造において気密性は最も重要である。
吸音材は内部摩擦により音波のエネルギーを熱エネルギーに変換することで透過エネルギーを減退させる。楔形吸音材を多用して残響を落とした環境を無響室という。スピーカーの音響特性は、JIS規格により無響室で測定すると定められている。普通室では、反射音の影響によりスピーカの素性を精密に測定できない。(測定法を工夫することで、実空間において疑似無響室測定をする方法はある)逆に吸音性が低く遮音性の高い材料で密閉された空間を残響室といい、風呂場のように音がよく響く部屋である。 吸音材料の吸音率は、JIS規格に従った残響室法で測定されなければならないと定められている。また、数十メートルの寸法がある巨大な残響室であれば、msオーダーの短時間測定においては狭い無響室よりも理想的な無反射環境(底面を除く)であり、屋外のような騒音もないことから、反射波を嫌う実験に多用される。

吸音材

一般によく使われる材料はグラスウール(GW)、ロックウール(RW)、カーボンファイバー等である。 吸音材は、素材の比重、繊維径、密度によりそれぞれ特性が異なる。特にカーボンファイバーは導電性を持つので、運用時は絶縁材で包むなどの工夫が必要な場合がある。
吸音材による吸音は高周波から始まり、繊維材による低周波の吸音は難しい。よって一般に繊維材の裏側の支持材との間に背後空気層を設けて低周波を吸収させる方法が知られている。 防音室の壁は有孔版-グラスウール-硬い壁という構造をしており、場合により骨組や吸音材の形を楔形にしてヘルムホルツ共鳴を利用したエネルギーの熱転換を図る。 この例として、古代ローマの教会では残響を抑えるために壺を壁に仕込んで吸音に使っていたという事例がある。吸音材がどの程度の吸音率を実現するかを以下に示す。(グラフはすべて左クリックで拡大する) データは株式会社MAG提供の財団法人小林理学研究所測定値、東洋紡技術資料「ダイニーマ」吸音率、日東紡建材事業部門技術資料、日本ロックウール提供資料による。同じロックウールであっても製品による特性のばらつきがあり、同じような製品であっても実測値は一致しない。よって、条件比較の際にはできる限り同一メーカーの製品を比較することで傾向を評価する。 なお、4kHz以上の高周波では少々の吸音材で十分吸音できるので、通常4kHzまでしか実測されないようである。

厚さ依存性




同一密度の吸音材の実測結果から、厚さによる吸音率の変化を比較する。各条件において背後空気層はなしとする。
密度10kg/m^3~20kg/m^3のグラスウールにおいては、1kHz以下では厚さに応じて順当に吸音率が上がり、この程度の密度の吸音材を用意すれば、1kHz以上の帯域では25mm厚程度で十分吸音できることがわかる。

密度依存性







グラスウール、ロックウールの実測結果から、60kg~80kg/m^3までは密度に応じて吸音率が上昇していくが、それ以上になると逆に吸音率が下がることがわかった。 ただし、音が反射しにくい~300Hzの低域においては、200kg/m^3が最も高い吸音率を示す結果となっている。なお、高密度な製品ほど材料費がかかるので、一般には高コストである。よって、中高音の吸音だけを考えるならば60~80kg/m^3程度の製品を選択し、サブウーファ用ボックスに入れて~200Hzの低域のみを吸音する場合などは、できるだけ密度の高い製品を選ぶのが望ましい。 さらに、厚さと密度を総合して考えると、高密度で薄い吸音材よりも、密度は低くても分厚い吸音材の方が概して吸音率が高い。しかし、一般には吸音部は重量よりも寸法の制限の方が厳しいことが多いので、材料の選定は重要である。

背後空気層の厚さ依存性

繊維質吸音材の背後に空気層を設けると、吸音率が向上することが知られている。吸音材密度は20kg/m^3、厚さは50mmである。 この条件で比較すると、空気層を確保することにより低域での吸音率向上が見られる。ただし、100mmの空気層を用意するよりも100mmの吸音材を用意する方が結局吸音率は高くなるので、コスト面で多量の吸音材を使えない場合、あるいは吸音材を仕込めない部分をうまく活用する場合の手法として有効と考えられる。

表面材の有無

防音室の吸音壁に似た構造をとることで、更に吸音率を高められる。 吸音壁は一般に表面に細かい孔の開いた合板を配置し、裏側に吸音材、空気層、防音壁という構造である。 最前面の比較的硬い壁には低周波を受け止めて壁全体の共振により吸音する効果がある。この効果により、吸音材の表面にアルミガラスクロスなどを配置すると吸音効果が高まる。グラスウール単体とガラスクロスを表面材として付加した場合との差をグラフに示す。グラスウールの密度は32kg/m^3、厚さは25mmと50mmとする。 表面材の追加によって、300Hz~2kHzあたりの吸音率の向上が見られる。薄いクロスよりも比較的厚手のクロスの方が共振を起こしやすく、吸音率が上がることがわかる。なお、厚手といってもガラスクロス程度の質量では200Hz以下の帯域では共振せず、低域では吸音率は上がらないようである。すなわち、低域の吸音を狙って200kg/m^3などの製品を使う場合、クロス処理をしてもしなくても吸音率は変わらない。ただし、繊維質吸音材は素手で扱うと繊維が皮膚に刺さりかゆみを生じるので、表面をクロスなどで覆うことには運用上のメリットが有る。


素材依存性

一般に使われるグラスウールやロックウールのほか、低音域で良好な吸音率を示すことで有名な吸音材として、ダイニーマ(DW)という素材がある。東洋紡開発の新繊維で、引っ張り強度がきわめて強いので防弾チョッキや釣り糸に使われる。ダイニーマは同じ厚さならばグラスウールよりも格段に高い吸音率を示すようである。 50mm厚での材質比較、および空気層100mmを追加した場合の実測結果を比較して、材質に対する依存性を評価する。製品の密度を同一にはできなかったので、グラスウールは32kg/m^3、ロックウールは40kg/m^3のデータを使用した。ダイニーマ(DW)は3mmのデータしかなかった。 同一に近い密度のグラスウールとロックウールには大差ないことがわかる。また、市販のダイニーマ吸音材は?クリプトンの「ミスティックホワイト」しかなく、本製品は厚さが3mmしかない。よって吸音率で比較すると50mm厚のグラスウール、ロックウールにはとても及ばない。 時々ミスティックホワイトを使うと音がデッドになりすぎる(吸音されすぎる)などという記事を見かけるが、高々3mmのダイニーマでは数cm厚のグラスウールと大差ない。 ダイニーマを建材扱いで取り寄せようとしたところ、東洋紡からは小売しないと宣言されて入手できなかった。

吸音材のまとめ

グラスウールとロックウールはともに優れた吸音特性を有しているが、ロックウールの方が高密度化しやすく、低周波の吸音に対応しやすいという利点がある(~100mm厚では大差ない)。その一方、グラスウールはホームセンターでも入手しやすく、ロックウールよりも入手性はよい。その他フエルトやカーボンファイバー等の測定値も調べたところ、吸音材の基本材料であるグラスウールを超えなかった。
ロックウールやグラスウールは、露出して使用すると粉塵が発生しやすい。露出した吸音材の近くにしばらく立っていると、細かな塵により首あたりが痒くなることがある。防音壁の内部、あるいは密閉型スピーカーの内部ならばあまり問題ないが、吸音材が露出する可能性のある場所では、表面に薄いポリエステルウール(手芸用キルト芯など)を貼りつけて無害化するとよい。ポリエステルウールならば、素材が直接露出していても何の問題もない。
構造面では、背後空気層を用意するよりも吸音材を詰め込む方がよく、吸音材を詰め込めない場合はできるだけ前側に吸音材を寄せて背後空気層を作るとよい。なお市販スピーカーの中身を開けてみるとフエルトがボックスに丁寧に張りつけてあるものが多いが、これは吸音材の能力がまったく発揮できない方法である。 同じ吸音材の量で効果を最大にしたければ、スピーカーユニットの近くに吸音材を配置し、背後空気層を十分用意してやる方がずっとよい。 しかし、このような方法はスピーカーの内部構造をつくるのにコストがかかり、個体差が大きくなるので量産には向かないと言える。 量産性からいけばボックス壁に張りつけるのは合理的である。

無響室とJIS標準箱、実空間測定

無響室とは壁を吸音構造にして残響を限りなく0にした空間である。 また、スピーカーユニット単体のデータは、無響室にてJIS標準箱と呼ばれる容積600Lの大型密閉箱(A箱)に入れて測定される。 スピーカーユニットは小さな密閉箱に入れると箱内部の空気ばね定数が大きくなり、機械系の最低共振周波数f0が上がり低周波が出なくなるので、f0上昇が無視できる大容量の箱が使われる。なお、〜30cm径のコーンスピーカーであればJIS標準箱で対応できるが、それ以上のサイズとなると600Lでも足りなくなる場合がある。 少なくともf0上昇が起こらない方法で測定することは間違いないが、このようなスピーカーユニットはどのように測定するかよく知らない。ご存じの方は一報頂きたい。
自宅環境でスピーカーを測定するときは、実空間での周波数特性、歪み率等を測定する必要がある。いくら基準空間の測定結果を参照しても、実空間に持ってきたときの特性とかけ離れていては意味がない。また、実空間でユニットの素特性を調べるには、インパルス応答のゲートタイムを短くして疑似無響室測定をするといった工夫が必要である。