学問の小部屋

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エンドピン

2000年前後からエンドピンの素材により音質が変化するという話が出始め、従来の鉄、黒檀等以外にも真鍮、チタン、アルミ、タングステン、カーボンファイバーなどの素材が試されている。 密度が変われば楽器の重心とエンドピン先端まわりの慣性モーメントが変化するため、楽器の取り回しや音質に変化を与えることは容易に想像がつく。 しかし、では定量的にどの程度変わるのかということについてはほとんど学術的研究が行われていない。 鹿島勇の知る限り、摂南大学 工学部 機械工学科 振動工学研究室の角家義樹教授による解析 が唯一の物理的知見である。 鹿島勇は角屋教授と直接議論したことがあり、その際に伺った内容によれば、 角家教授は定量解析を十分行わないうちに定年退職されてしまったために、これが現象としてはあることを確認したというところまでということであった。
以下に記すメカニズムはバネの力学を基本とした鹿島勇の想像である。 チェロは想像以上に体をダイナミックに揺すって演奏する楽器である。 エンドピン素材により慣性モーメントが変化すると、当然楽器の取り回しには影響し、カーボン等の軽い素材を使えばその分動きや運指が楽になる。 指だけなら変わらないように思うかもしれないが、左手の指は弦長方向に対して垂直に押さえるものであり、垂直となる体の姿勢は弦によって微妙に異なる。 熟練した奏者は無意識のうちに姿勢を変化させて演奏するから、自然と楽器を揺することになり、慣性モーメントは小さい方がよい。 この点では比重の軽いカーボン製などが優れていると言える。
重量の違い自身が生む効果もある。チェロの重量は大体3kg程度であり、タングステン等の重いエンドピンを使うと楽器全体の共振周波数が低い方へシフトする。 すなわちカーボンなどを使うよりも音の重心の低い「落ち着いた、重厚な、太い」音になる。
別の効果として、素材の固有振動による影響が考えられる。金属の棒を叩けばカンカン、キンキンと音がするように、エンドピンは可聴域に固有振動周波数をもつ。 これがエンドピンから床に伝搬、または裏板に逆流することで楽器本来の音色に独特の響きを追加する。
ただし、この固有振動の効果は定性的には予想できるが、本当にそのような効果があるかは疑問である。エンドピンのQはそれほど高くないからである。 以後環境が整えばこれらの効果について知見を得たいと考えている。
最後に問題となるのは、裏板→エンドピンマウント(ソケット)→エンドピン→先端チップ→床材(ヒノキ、スプルース)へと至る伝搬路の音響インピーダンスマッチングである。 電気インピーダンスのマッチングと同じく、伝搬路の音響インピーダンスのマッチングが取れていないとエネルギーの反射が起こる。 これは材質の比重と物質中の音速に依存する量であり、木材の場合は個体差も大きいためにあまり決定論的な判断を下せない。 おおざっぱに計算すると、音響インピーダンスマッチングの観点ではウェットカーボンが理想的であった。 しかし、これは先端までウェットカーボンの場合である。通常ウェットカーボンは金属に比べて柔らかく、直接床に刺して使うとすぐに先端が鈍ってしまう。 よってフルカーボンのエンドピンは使い物にならないが、要は床材とカーボンシャフトが直接接していればよく、工夫次第で実用に耐えるものもできると思案中である。