学問の小部屋

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スピーカーケーブル

スピーカーケーブルを交換すると音質が変わるというのは、すでにオーディオマニアの中では常識になっているらしい。ヨドバシなどの量販店にもやたら高価なスピーカーケーブルがドラム巻きで切り売りされている。各ケーブルメーカーの能書きには定量性のあるものが乏しく、きわめて思い込みの入る余地が大きい趣味性の高い製品ジャンルである。

直流抵抗

スピーカーケーブルは、一般に銅(特別な場合はアルミ、銀など)でできている。銅は良導体であるが、無視できない電気抵抗(直流抵抗)がある。ケーブルの抵抗値はアンプのダンピングファクター(DF)を悪化させる要因となるので、あまり細いケーブルを使用するとアンプの実力を発揮できない。
アンプの出力インピーダンスをRa、スピーカーのインピーダンスをRs、ケーブル抵抗値をRc、接触抵抗(4か所の合計)をRtとする。DFの計算式は
DF=Rs/(Ra+Rc+Rt)
となる。ここで、一般的なパラメータを使用してRsは8Ω、Raは0.2Ω、Rcは10mΩ/mで3m引き回す(往復で6m)として考えると、DF=30.8となる。ケーブルの抵抗値がわかれば、このような計算が可能となる。Ra=0.2Ωは性能を低めに見積もっており、実際の半導体アンプではもう一桁低いこともよくある。無帰還PWMアンプでは、この程度のオーダーとなることもある。
ケーブルの抵抗値は温度一定であれば基本的に芯線断面積に決定される。断面積から、理科年表などを参考に計算できるほか、専門的には四端子法という方法で接触抵抗を無視した抵抗値の計測ができる。抵抗値を下げてDFを上げるのに最も重要なのは導体の太さ(断面積)であるので、もともと太いケーブルを使用するか、手持ちのケーブルを二組並列で使うことでも対策となる。ただし、いくらケーブルの抵抗値を下げてもRa+Rc+Rtの合計が下げ止まると、ケーブルによる変化頭打ちになる。面積を指標とすると、目安は1mあたりΦ1(直径1mm)以上と考えればよい。
直流抵抗は、特にkWオーダーを出力する業務用スピーカや、太い配線が使えない組み込み機器では、音質以上に考慮すべき問題がある。細いケーブルに大電流を流すと発熱が無視できなくなり、意図しない温度上昇を起こした結果、発火するといった事例が実際にある。また、細いケーブルを引きますとケーブル抵抗とスピーカインピーダンスの比が無視できなくなり、ケーブルでの電位降下の影響で定格出力に達しないといったお粗末な状況になることもある。これらの観点から、製品開発においてもケーブルの抵抗値は押さえておくべきポイントである。

静電容量(線間容量)

導線が並行になっているケーブルは、線間容量いわゆる浮遊キャパシタンスをもつ。pFオーダーのC成分(Ccとする)が見えないところで発生している。 RcとCcは天然のLPFを構成し、距離が長くなるほど高周波のレベルが下がる。導線間の距離が狭い、あるいは使用されている絶縁体の誘電率が異常に高いなど、極端に線間容量が高いと無視できなくなることが予想されるが、線間容量はLCRメータで計測可能なので、どの程度の周波数に影響するかは計算で割り出せる。市販の平行2芯線のスピーカーケーブルでは、アンプの出力インピーダンスが低いことも手伝い、線間容量を考慮すべき事態となることは少ない。むしろラインケーブルやギターシールドにおける影響の方が大きい。

左右の長さ

設置場所の関係でLRスピーカまでの距離が異なるときがある。このようなとき、DFの観点から、十分にケーブルの抵抗値が低いのであれば左右のケーブルの長さは揃える必要がない。むしろ、左右のDFの差が無視できないような状況であれば、長さを考慮するよりもまずケーブルを太く方がよい。

背職抵抗と末端処理

スピーカーケーブルのみを購入するときは、数メートルで切ってパッケージされているもののほか、ドラム巻きで1mいくらで売られているものをメートル指定して購入することが多い。これは、視聴環境によって必要とされるケーブルの長さが異なるからであるが、個人でケーブルを切ったりバナナプラグをつけたりできるスキルがあるユーザーは、意外なほど少ない。切り売りで購入したケーブルをそのまま差し込んで使う(いわゆる先バラ)ことがほとんどである。この使用方法は最も簡単ではあるが、接触抵抗の管理が難しく、適切なメッキもされていない銅線をそのまま使用すると中長期的に接触抵抗が増大し、信号伝送の妨げとなる。理想的には接点をハンダ付けすることであるが、市販スピーカの場合はこれが許されないことも多いので、次点はバネ支持になるバナナプラグをハンダ付けし、定期的に接点を磨くことである。その他、スズメッキ端子はメッキ厚が分厚く柔らかいので、接触不良の問題が起こりにくい。何も考えず放置している端子や銅のケーブルは、数年で表面が錆びきってしまい、実力を発揮できなくなる。頻繁にケーブルの着脱をする必要があるならば、バナナプラグを使用するか、先バラであっても先端部分のみにハンダ締めを施し、編み線がばらけないようにしておくと有用である。

スピーカーターミナル

スピーカーターミナルは、錆の影響を考慮すると、金メッキでない方が望ましい。市販製品の金メッキはほとんど装飾メッキの役割であり、メッキ厚が他のメッキと比べて薄いからである。自作スピーカ用の市販の端子であれば、キャップが完全に外れるものを使用すると、あらゆる末端形状のケーブルでも使用可能となり有用である。しかし、最も堅牢なのは、業務用のスピコン・コネクタである。接点がバネ支持になっており、ケーブルを挿入するとロックされるので、ネジ式の手締めよりも接触が安定する。

まとめ

スピーカーケーブルで考慮すべき内容は、真っ当な信号伝送をする上ではクリアして当然の要素ばかりである。理屈がわかっていれば、購入の選択時点と運用において少し気をつけるだけでよい。なお、内部配線をハンダ付けできるアクティブスピーカであれば、以上のような問題はほとんど考慮する必要がない。