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視聴覚室・マイクロホン

[科学][視聴覚室]マイクロホン

音は空気の振動であるから、何らかの方法でその振動を検出し、アナログ電気信号またはディジタル信号として記録することで初めて録音が成立する。人間の鼓膜も振動板を使ったマイクロホンの一種である。人間の最小可聴音圧の実効値は20uPaであり、この値をdB基準とした値がいわゆる音圧のデシベル値である。大気の静圧である1気圧(1atm) = 約1000hPaであるから、最小可聴音圧は2/10000000000 atmに相当し、最大可聴音圧の120dBSPL(20Pa)でも2/100000 atm(の変動)でしかない。
一般的な振動板によるマイクロホンは、このような微弱な振動で空気よりも10000倍ほど重い振動板を動かし、発電した電気エネルギーを音圧に比例した信号として取り出している。

マイクロホン感度

マイクロホンの感度は、主にダイヤフラムの大きさ、重さ、静電型であれば印加されるバイアス電圧、動電型であれば磁石磁束密度の影響を受ける。
相対感度(1Paの音圧に対してマイクロホンカプセルが出力する電圧)を 0dB=1V/Pa で定義したとき、WM-61Aに代表される感度の高いマイクカプセルで-35dB程度(0.018V/Pa)であるから、最小可聴音圧0dBSPLでは0.356uV、最大可聴音圧120dBSPLでは0.356Vの出力が得られることになるが、熱雑音レベル(想定する帯域によって変化するが、周波数スペクトラムで見て各周波数binが-150dBV≒32nV程度、時間領域で見て1uV程度)を原理的に不可避なノイズフロアと考えると、このような高感度マイクであってもSNRにあまり余裕がないことがわかる。実際には熱雑音よりも空間の暗騒音や電気系ノイズの方がレベルが高い。
ダイヤフラム(振動板)の大きさは、スピーカにおける放射インピーダンスと同様に、マイクロホンの感度に直結する。大きな振動板にすることで空気から受ける仕事が大きくなるので、その分発生する電気エネルギーも大きくなる。しかし、ダイヤフラムのサイズが音波の半波長よりも大きいとダイヤフラム面内の位相変化が無視できなくなることから、可聴域の上限である20kHzの半波長(室温)に相当する8.5mm程度以下のサイズでないと、可聴域の周波数特性が乱れる。低周波専用マイク(バスドラム用など)であれば、もっと大きな振動板を用意することでさらなる高感度録音を目指すのも有効である。
静電型マイクのバイアス電圧V0は、音響電気変換の力係数に相当する。空気からかかる力Fは、振動板上の電荷量qに対してF=qE ⇔ E = F/q の電場を発生させる。さらに電荷量qはダイヤフラムがもつ静電容量Cに対してq = C*V0で計算できるので、qはV0に比例し、バイアス電圧が高いほどマイクが高感度になり、SNRが上がる。絶縁体の帯電を利用したエレクトレットマイクはバイアス電圧が必要なく、MEMSマイクと同様に普及している。
磁石を使用したダイナミックマイクの計算も高校物理のレベルで可能なのでここでは割愛する。

振幅特性、位相特性

振動板の張力により、マイクロホンには共振周波数が存在する。通常は可聴域よりも十分高い周波数に共振周波数を設定して、それ以下の周波数の振幅特性、位相特性を平坦にする。マイクロホンに音楽性を求めるときは、わざと共振周波数を可聴域に配置して音色に特色を持たせることもある。

指向性

振動板が大きくなり、空中の一点から線状、面状として考える(フォームファクター)必要が出てくると、マイクロホンは指向性を持つようになる。振動板が大きくなるほど正面への指向性が強くなり、8の字型の指向性を持つようになる。アナウンサー用マイクのように、音波が到来方向が一定であるときは大きな振動板を用意して感度を高めることも可能である。指向性が高いと、目的の音波以外のノイズを抑圧できるのでSNRの面で有利である。測定用マイクの場合は、無指向性であることが望ましい。
現在では、振動板の大きさにより指向性を持たせるのではなく、複数の振動板を組み合わせてアナログまたはディジタル信号処理により指向性をつけることが多い。

耐久性

ダイナミックマイクは静電型マイクよりも大振幅に耐えられる設計をしやすく、結果として大音量時の破損に頑健であるので、楽器の至近距離で音を拾う(オンマイク収録)用途に適している。半導体技術を応用したMEMSマイクは、組み込み機器の基板上に配置しやすく、多用されている。シリコンマイクは表面がシリコンで覆われているので対候性が高く、高温環境、低温環境、航空機に搭載するなどの用途がある。

マイクプリアンプ

はじめに述べたように、マイクロホンカプセルから出力されるアナログ信号はmVオーダーの微弱な信号であるから、なるべくマイクに近い部分で増幅し、ディジタル化するのがSNRを保つ意味では望ましい。しかし、ホールの三点吊りマイクなど、マイクと録音機材が離れていることも多々あり、一般にはマイクプリアンプのみをマイクロホンデバイスに内蔵して、業務用マイクではさらに差動信号化して伝送することで、伝送経路のノイズの影響を防ぐ。マイク内部でもプリアンプを動作させられるよう、民生用機器ではプラグインパワーによる1.5VのDC電源、業務用機器では48Vのファンタム電源を信号線に乗せてマイクに給電する。
静電型のマイクエレメントの出力インピーダンスはGΩ近くときわめて高いので、マイクエレメントの出力はすぐ後段でFETや真空管で受け、ソースフォロワ(カソードフォロワ)によるインピーダンス変換回路を通してΩオーダーに落とし、20dB(10倍)程度のアンプを通して、外部機器に伝送する。
真空管マイクプリアンプでは、主に信号に高調波歪みを付加して音色を変化させる意味で真空管を使用しており、マイク内蔵のインピーダンス変換回路における真空管の採用とは意味が異なる。

ECM8000

安価な市販の測定用マイクとして、BEHRINGER ECM8000が有名である。計測を手掛けるオーディオマニアの中ではよく使用されるが、残念ながら性能は値段それなりであり、このマイクを購入するくらいなら、中国製の安価な騒音計の方がよい。

ECM8000の先端部分は少々の接着剤ではめ込まれているだけなので、大きめのラジオペンチで先端側面のくぼみ部分を挟み、ゆっくり回転させながら引っぱると簡単に取れる。
ECM8000の内部回路は時代によって変化している。

初期の製品では出力部がトランスで差動化されていたが、周波数特性のよいトランスは高価なので、現在は出力段までトランジスタ回路となっている。一時代の回路図が Bill Wall's DIRECT APPROACHに記載されている。Bill WallによればマイクカプセルはPanasonic WM-60Aである可能性が高いとされている。
また、2011年頃の回路はこちらのblogに掲載されており、自分で分解した個体も同様であった。
この回路は実際はバランス出力になっていない。 コレクタフォロワの出力をトランジスタ差動対でバランス出力にしようとしたのが、NPNトランジスタを使うべきところを間違ってPNPトランジスタが使われているので、cold側(pin3)の出力を観測すると、ノイズとhot側の漏れ信号が見えるだけである。

ECM8000の改造


元の回路があまりにお粗末なので、元の回路パターンをできるだけ再利用しながら、エミッタフォロワ出力のアンバランス出力に改造することにした。
マイクカプセルはPanasonic WM-61Aの方が高性能高感度であるので、まずマイクカプセルを改造して3極化した。48Vファンタムを想定し、WM-61Aの最大耐圧である9VをバッファFETにかけることで、さらなる高感度化を狙った。もともと入っていた初段のコレクタフォロワによるアンプは取り外した。9V給電部分は通常ツェナーダイオードで定電圧化させる(D1部)が、48Vが安定供給されていることを前提とし、ツェナーを固定抵抗に置き換えて低ノイズ化を試みた。元のツェナーによる降下電位を割り出して、電源電位との分圧比から割り出した固定抵抗に変更すると相当ノイズが低減する。 ECMカプセルが要求する電流は非常に少ないのでこのような非安定化電源でもあまり問題ないが、より安定させるためにはチップLEDを順方向に数個接続した定電圧電源にするとよりよい。(パターンの関係で割愛した)C3は元の0.47uFから1uFに変更した。cold側はDCを切り高周波ノイズを落とすCを入れ、交流短絡とする。
この回路は独立して作ってもWM-61A用の48Vファンタム電源駆動マイクプリアンプとしても使用可能である。なお、WM-61Aは残念ながら現在すでに供給停止となっている。改造によりマイク性能はよくなったが、この改造品を測定基準とするには物足りずに放出した。

騒音計

マイクロホンを使用して絶対音圧dBSPLを計測するのに必要になるのが騒音計である。マイク単体とPCを使用した計測では、相対的な周波数スペクトラムは得られるが、絶対音圧の情報がないので、実空間における性能を正しく判断できない。普通騒音計が保証する帯域は8kHzまでであり、精密騒音計でも16kHzまでであるが、これは校正可能な周波数がここまでなだけであり、マイクカプセル自体の周波数特性は可聴域を十分にカバーしている。ECM8000や一部で有名なEarthworks M30、M50といったマイクは、一部個体データがついていても校正には出せないので、RIONや小野測器、B&K、GRASSなどの騒音計をひとつ入手しておくと、測定の基準が得られる上にいざというときは校正で測定の正当性を担保できる。なお、騒音計は電池駆動すると電池の減りが恐ろしく早い傾向があり、運用にACアダプタは必須である。