学問の小部屋

ここは学問の黒板です。

(3)内部損失

スピーカーの、主に振動板の特性に音質に関わる要素をスピーカー(2)で洗い出した。(3)では、スピーカーにおける振動板の電気特性以外の、箱や振動板の形状や構造、材質による影響について述べる。

点駆動振動板の剛性と内部損失

(2)で説明したように、振動板の分割振動は音色には影響しないとはいえ、周波数特性には大きな影響を与える。効率よく音波を放射するには、分割振動による位相干渉を防ぐのが望ましい。そのために、振動板の剛性を上げて簡単に変形しない材質を目指し、アルミやチタンなどの金属板、アラミド繊維アモルファスダイヤモンド、ボロンカーバイトなどが提案されてきた。従来の材質では、剛性と内部損失は相反関係にあり、紙材などは内部損失は高いが剛性が低く、金属に近いほど内部損失が低いが剛性が高い。近年では三菱電機から二つの要素を両立するカーボンナノチューブ振動板が製品化されている。
この問題はもともと、コーンスピーカのような点駆動方式に原因がある。分割振動は、広い面積をもつ振動板の中心部のみを押して駆動するという構造により発生する。静電型、圧電型、リボン型、マルチセル型などの全面駆動スピーカにおいては、振動膜に張力をかけさえしなければ、そもそも分割振動の問題は存在せず、剛性は不要となる。しかし、残念ながら全面駆動スピーカは、駆動力の源となる磁束密度や表面電荷密度をあまり高くできず、能率が悪いという欠点がある。また、現在のところ材料費が高価で製造が難しく、高コストになりがちである。よって一般に「スピーカー」と呼ばれるものは今後もコーンスピーカであり続ける可能性が高いが、音質面ではコーンスピーカはあてにならず、帯域を分割して高音側(1kHz以上)では別の方式を採用することが多い。ウーファ用には大振幅が要求されることでコーンスピーカを使用することが多いが、46cmウーファなど大型のウーファユニットでは分割振動が起こる帯域も広く、家庭用途では必要な振幅も小さいので、コーン型ウーファが正解かは疑問である。

スピーカボックスの材質と内部損失

スピーカが空気を駆動する際には、作用反作用の法則にしたがい、フレーム、ボックス側はその反動を受ける。ボックスには、この反動を受け止めるだけの質量と、反動による付帯音をできるだけ熱に変換する内部損失が求められる。木製のスピーカボックスは内部損失を上げるのにほぼベストな材質であり、低コストで損失が高く均質なMDF材が好んで使用される。組み込みスピーカなど、ボックスがモールド材(プラスチック)であったり金属材であったりするとボックスによる損失は期待できず音質を損なうが、製品を作る上では回避不可能なので、取り付け構造を工夫してなるべく製品本体全体の剛性を活かすのが望ましい。

スピーカボックスの形状

縁の部分での急激なカーブによる音波の意図しない反射を嫌い、スピーカボックスのバッフル面の端はラウンド構造にすることが多い。卵型やツィータ部分の台座を制震構造にしているものもある。これらの工夫は、波長が短い中高音域では効果が得られるが、低音ではほとんど効果がない。ウーファでは、ボックス形状による反射状態よりもいかに前面に音圧を与えるかが重要なので、単にバッフル面が広いことを第一に考える。(2)では、ウーファを部屋の角に置くことで、壁をバッフルステップに利用することも説明した。

音響的共鳴

ボックスの隙間や、部屋の形状、家具の配置により音波は共鳴を起こし、無響室でもなければ完全に取り除くことはできない。中高音における共鳴は、有名な鳴き竜のように再生音を濁す元になるが、低周波の共鳴は元々不足しがちな低音の音圧を補う効果があり、スピーカの形状としてもバスレフボックス、共鳴管式スピーカ、ヘルムホルツ共鳴器などに応用される。ただし、共鳴による音圧は過渡特性が悪く、制動が効かない尾を引いた低音になることが多い。スピーカボックス内部でも共鳴は起こりえるので、吸音材を詰めることで対策を施す。

スピーカー(4)に続く。