学問の小部屋

ここは学問の黒板です。

(4)音像定位

音が聞こえてくる方向の感覚を音像定位感、音場感と呼び、モノラル再生による単純音質とは異なる意味で音質を決定する。

スピーカ間距離

ステレオスピーカは、左右の距離を離すことで初めてステレオ効果を得る。定位感は配置によって変化するが、家庭内での再生では位置の正解はない。ステレオ録音をそのまま再生する状況を考えると、ステレオマイクのLRの位置関係と再生スピーカの位置関係は極力合わせる必要があることになるが、マイクの位置関係が未知であれば実行不可能であり、また加工されている音源では正しい位置が存在しない。強いていえば、マスタリングにおいてモニタースピーカを置いていた距離が適正と考えられるが、部屋のレイアウトの制限の中で好みで決めるしかない要素といえる。

振動板の大きさと指向性

音波の指向性は、波長と振動板の大きさによって変化する。振動板が大きくなるほど正面に音波を伝える力が強くなり、裏を返せば正面以外では音圧が得られなくなる。概して振動板の大きさが波長と等しくなると指向性が得られ、それ以下であれば指向性は十分に広い。ウーファでは100Hzにおける波長が3.4mにも及び、現実的に振動板の大きさは指向性には影響しない。ツィータでは10kHzにおける波長は3.4cmと、振動板のサイズと比較して無視できない比率となるので、以下に述べるディフューザーを使用するか、半円型の曲面振動板を採用するなど、指向性を考慮した設計をする必要がある。

線音源(ラインアレイスピーカ)

振動板は、コーン型、ドーム型、逆ドーム型、平面型のいずれであっても、一般には丸い形状をしている。円形により、振動板面内の位相は円周方向に対して均一にできるからである。それに対し、野外ステージなどで多用される線音源は、スピーカを縦方向に並べることで波面を平面に近づけ、上下方向の指向性を狭めて音波を遠くまで届かせるのに使用される。業務用の巨大なセットでなく家庭用でも、この構造は効果を発揮する。視聴環境において上下方向に視聴位置がずれることはあまりないが、部屋の中を移動することは多く、左右方向にはより広いサービスエリアを確保しながら、上下方向には必要な空間にのみサービスするという方法が可能になる。静電型、圧電型など前面駆動スピーカであればさらに望ましい。動電型スピーカでも細長いユニットを並べることで実現可能であるが、どうしても単一ユニットよりもコストがかかり、家庭用にはあまり実現していない。

音響ディフューザー、音響レンズ

音波の反射を利用して拡散をつけるものを音響ディフューザーといい、音波の回折を利用して指向性をつけるものを音響レンズという。ディフューザーは主に、能率を重視して大きくしたツィータの正面に反射体を設け、指向性を和らげる用途に使用される。音響レンズは音道を制御して音波を拡散させる羽根のような形状をしている。音響レンズはかつてジャズ喫茶などに大量に採用されたJBL 4344に採用されたことで有名になった。喫茶店など、一般家庭よりも広い範囲に高音を届けるのに適していた面はあるが、視聴距離が高々数mの一般家庭では音響レンズを使用する必要があるほどの広い指向性は必要なく、せいぜいディフューザーで十分である。

曲面振動

静電型やマルチセル型スピーカを使用して曲面の振動板を用意すると、放射される音波の波面も曲面となり、その焦点に音圧を集中する効果がある。視聴エリアが限定されていれば効率的な方法となるが、拡声用、家庭用ともに特定位置のみサービスすればよい状況はあまりなく、形状で焦点を決めているので視聴位置に追従することもできない。フルレンジ再生における曲面振動が実用になるのは、美術館におけるスポット再生のような特殊用途に限定的となる。なお、ドームスピーカなども振動板が曲面になっているが、並行振動するだけなのでこのような効果はない。

時間波面制御

複数の振動板を並べ、再生信号に0.1msオーダーの時間差をつけることで、合成される波面を曲げることができる。遅い信号から早い信号の方向に波面が曲がるので、中心から外に向かうにつれ信号時間を遅くすると凸面、逆にすると凹面の波面を形成することもできる。超音波用スピーカアレイに時間差をつけ、目標の一点に音圧を集中するといった用途に使われる他、カーオーディオ用スピーカではLRスピーカに時間差をつけ、スピーカからの距離が偏っている運転席での到達時間を補正するのにも使用される。リビングにおけるテレビにこのような仕組みのスピーカを内蔵し、テレビに内蔵したカメラ画像で認識した視聴者を追尾するような方法も容易に考えられるが、得られる効果の割に膨大なコストがかかるので、なかなか実現しない。むしろ、視聴位置が変わっても近い音質が得られる線音源の方が優れている。視聴者は一方向にいるとは限らないからである。