学問の小部屋

ここは学問の黒板です。

立体音響

立体音響、サラウンド技術は古くから研究されてきたテーマであり、ごく簡単な仕組みから超大規模なものまで様々なアプローチがある。

簡易サラウンド

L信号とR信号の差をとり元信号に付加すると、意外なほど音場が広がる効果がある。実は組み込み機器のエフェクトとして入っている「サラウンド」機能は、未だにこの程度の処理が主流である。

トランスオーラル再生

普通室でのステレオスピーカによる再生は、Lチャンネルスピーカの再生音が右耳にも入り、Rチャンネルスピーカの再生音は左耳に入る、いわゆるLRクロストークが発生する。LRスピーカからそれぞれ耳に至るまでの伝達関数が判明すれば、伝達関数連立方程式を解くことによりLRクロストークをキャンセルでき、LRのセパレーションが完全な優れた音場が形成される。これをトランスオーラル再生という。ステレオ再生においては究極の方法のようにも感じられるが、実際に適用するには視聴位置を完全に固定しないと計算が崩れてしまい、一般家庭では意図通りの再生ができない。椅子が固定されているなど、視聴位置を限定できるときに効果を発揮する。

マルチチャンネル再生

5.1chや7.1chなどと音源数を増やすことで音場を形成する手法であり、最も一般的な意味での「サラウンド」である。平面内に分布させる5.1chなどの数は、直感と現実に用意できるチャンネル数で決まっており、物理的な意味はない。しかし、NHK技研の研究によればマルチチャンネル再生は6chを下回ると急激に立体感が落ち込むという結果が出ており、結果的に5.1ch、7.1chといった数は妥当である。
市販の映画ソフトなどは、音源を製作する段階でマルチチャンネルスピーカでの聞こえ方をテストしており、サラウンド信号の再生とはその作り込みを味わう行為と言える。各チャンネルスピーカからの到達時間や特性を畳み込むことで、ステレオ音声から疑似的にサラウンド信号を作り出すドルビープロロジックなどの手法も存在する。なお、市販ソフトの5.1chや7.1ch音源は、あくまで二次元平面内(前後左右方向)であり、正確には立体音場とはいえない。NHKスーパーハイビジョン規格における22.2chサラウンドは、上下方向の情報が入っているので立体音場と呼んでもよい。

バイノーラル再生

ダミーヘッドや人間が耳に装着したマイクを使用し、収録段階でHRTFを畳み込んだ信号をヘッドホンで再生する方法をバイノーラル再生という。他の手法よりもリアルな立体的な音場が得られるが、通常のHRTFの議論と同じく、収録条件と再生条件の頭の形が同じでないと、やはり誤差が生じて前方定位が得られず、不完全な結果になる。

境界要素法による音場再現

大量のマイク、スピーカを使用し、収録側の伝達関数、再生側の伝達関数を計測して逆特性で補正しつつ、境界要素法という手法で受聴者のまわりの音場を計算して再現する方法が試みられている(「音響樽」など)が、高周波の完全な再現は難しく実際に再現できているのは2kHz程度までである。きわめて大掛かりな設備が必要なので、人間国宝の演奏の収録と再現など、適用範囲はきわめて限定される。

各チャンネルに必要な帯域

最も普及しているサラウンド手法のマルチチャンネル再生において、各チャンネルの信号の帯域を調査した。DVD「ハウルの動く城」5.1ch信号を先頭から30分間録音し、FFTアナライザのピークホールド機能で結果を表示した。計測時期が2007年頃と古いので簡易な手法を用いたが、現在ならスペクトログラムで時間周波数解析をするべきである。

フロント2ch(LR)


マルチチャンネル再生においても、最も重要なのはフロントのLR2chスピーカである。30分間のスペクトラムをリアルタイムで観測したところ、広い範囲にパワースペクトルが分布する機会は多かった。

センタースピーカ(C)


センタースピーカは、主に画面中央に位置する登場人物の台詞を担当することが多く、50Hz以下のような低周波再生は頻繁には必要ではない。センタースピーカの理想位置には一般にテレビやスクリーンなどのディスプレイがあるので、ディスプレイの上や下、あるいはセンター信号をLRに分けた合成センターといった配置となる。プロジェクターとサウンドスクリーンを使用し、スクリーンの裏側の正面に配置できれば理想的であるが、そこまで実行することは少ない。ヤマハTLFスピーカのようにスクリーンを静電型スピーカと一体化させることが可能であるが、テレビが正面にある場合はそのような手が使えないので、LR合成配置か下部スピーカの指向性補正が次善解となる。

リアスピーカー(LrRr)


リア用信号も帯域はフルレンジであったが、リアスピーカはフロントに比べて相対的に音量が小さく、また音量が上がる頻度も小さい。リア信号は臨場感を高める上では重要であるが、同時にあまり音量を上げられない事情がある。人間には後ろからの物音には警戒する危険察知の本能があるので、後ろから大きな音がする音源はリラックスして視聴するのが難しく、市販のソフトもそのような作り込みを無意識に避ける傾向が見受けられる。

サブウーファー(Lfe)


今回の結果では150Hzまでの信号が入っていた。サラウンド信号を余すところなく再生するには、150Hz程度までの再生が必要と解釈できる。サブウーファから150Hzまで出すと音像定位への影響が無視できないので、サブウーファはディスプレイの中心下部に配置するのが望ましい。ステレオ再生用に2.1chを用意すると、サブウーファの帯域を50Hz程度以下に絞ることが多く、サラウンド用との切り替えは面倒である。サラウンド専用にもサブウーファを用意すればそのような面倒はないが、そもそもフロント2chスピーカに十分な再生帯域があればサブウーファは1台で収まる。