学問の小部屋

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周波数-音圧特性

スピーカ(1)にて、スピーカの能率について整理した。続いてスピーカの音質を決める要素を洗い出していく。やはり、現在最も普及している動電型コーンスピーカを基本として考える。

周波数-音圧特性

スピーカの周波数-音圧特性(以下、周波数特性)は、スピーカの音質の最も基本的な指標である。それぞれの周波数(音の高さ)における音圧のバランスを決定する。周波数特性は、全音域においてフラット(平坦)であることが理想である。すなわち、低音から高音までどの周波数においても等しく音圧が得られるようなスピーカである。勿論、低音のブーストや声の帯域を強調した音質にすることで何らかの効果を得ることも可能であるが、周波数特性がフラットであれば収音したときの周波数特性をそのまま再現できる(無加工を前提とする)ので、マスキング効果を最小限にでき、結果として人間が受け取る情報量が最も高くなる。

各帯域の役割

低音から高音まで、音圧が得られたときの役割について説明する。

  • 20Hz-60Hz

可聴域の最も低い帯域である60Hz以下のいわゆる超低音は、低音の雰囲気、地響き感を担当する。パイプオルガンの最低音が16Hzなので、あらゆる音源に対応するにはこの帯域が再生できることが望ましい。実際には音源の段階で超低音を削除しているものも多く、いつでも必要な帯域ではないことには留意する必要がある。高額なフロアスピーカを購入しても、せいぜい30cmや38cmのウーファではこの帯域の充実した再生は期待できない。ごく一部、低能率化して帯域を下に伸ばした高額スピーカは存在するが、過渡特性が悪く肝心の音質を損なう。一般にはサブウーファを使用することでこの帯域を補う。なお、さらに大型なPA用サブウーファはf0が高く60Hz以下を再生するには向いていないので、MFBなどの工夫が必要である。また、超低音まで再生すると、超低音を再生しないときの音質と比較して60Hz-100Hzの影響が薄れ、若干音圧感が低減する。このことを音質が低下したと誤解しがちである。

  • 60Hz-100Hz

60Hzから100Hzの帯域は、音圧感、スケール感を担当する。組み込みスピーカなど、大型スピーカを用意できないときには、イコライザで低音を持ち上げてこの帯域の充実を目指す。数cmの小型スピーカであっても、スピーカ構造と極端なイコライジングによりこの帯域を出すことは可能であり、BOSE M3などはフロア型スピーカに負けないスケール感を達成している。しかし、極端にイコライザで持ち上げるとその分信号クリップの可能性が高くなり、製品の定格出力を満たしたときの音質が破綻するので、何も考えずこの帯域を持ち上げてはいけない。

  • 100Hz-4kHz

人間の声の帯域と一致するこの帯域は、音声によるコミュニケーションにおいて最も重要な帯域である。電話においても、4kHzまでの帯域を確保することが規格化されている。4kHzまでの音は、AMラジオで容易に体感できる。単品売りの動電型スピーカにおいては最も再生が容易な帯域であるが、組み込みスピーカで100Hzまで再生するのは難しく、エッジを柔らかくして振幅を取りやすくするなど、様々な設計上の工夫が必要になる。

  • 4kHz-10kHz

4kHzから10kHzの帯域は、再生音を現実の音色に近づけ、ステレオの定位感を与える。スピーカの歪みの影響を受けやすい帯域でもあり、音色の変化に直結しやすい。また、8kHzあたりの帯域は上下方向の音像定位感を左右し、この帯域を制御することで、スピーカの配置によって下がりがちな音像を持ち上げる効果がある。

  • 10kHz-20kHz

可聴域における10kHz以上の帯域は、音色の艶や輝き感を担当する。10kHzが出ていないとまったくつまらない音質となる。これと関連して、優れたバイオリンは10kHz以上まで倍音が出ていることが条件とされる。10kHz以上は歪みの影響を受けにくいので、固有振動を気にせず金属振動板を使用することもある。フルレンジスピーカでは10kHz以上の再生は難しく、イコライザで持ち上げる必要があることは多い。

  • 20kHz以上

先にスピーカの再生能力について述べる。20kHz以上のいわゆる超音波は、動電型スピーカではきわめて軽い振動系と強力な磁気回路が必要となり、音圧を得るのが難しい。しかし振幅はほとんど必要なく、圧電型スピーカの共振周波数を調整する方法などで所望の音圧が得られる。超音波は、エコー診断機をはじめとして距離センサや故障診断などの様々な分野で利用されている。オーディオ用の超音波用スピーカ(スーパーツィータ)は、確かに超音波の音圧を得ることはできるが、そのほとんどはきわめて歪み率が高い。歪み率の高い紺変調歪みを生じ、例えば30kHzと33kHzの超音波を出そうとすることで意図せずに3kHzの差音が生じ、可聴域を汚して音質を低下させる。何も考えずに歪みの多い超音波用スピーカを使用するよりも、20kHz以上をしっかりカットして可聴域の再生に集中する方が音質は良くなる。
成人の可聴域は20kHzまでとされ、歪みなく超音波を再生しても、音質にはほとんど影響しない。第一に市販の録音にほとんど超音波成分は含まれていない。ただし、幼稚園児など超音波が聞こえる聴覚をもつ年代では20kHz以上にも音として反応が見られる。また、しっかり裏付けられてはいないが、成人であっても目の下の皮膚の薄い部分で超音波を感じ取れるといった報告もある。自分自身でも、変調されていない40kHzパラメトリックスピーカの前に立つと頭を叩かれたような衝撃を受けるといった体験をしたこともあり、成人は超音波は感じ取れることがわかる。
一時期話題となった超音波を聞くと脳からα波が出て快楽を感じるというハイパーソニック効果は、原著論文の内容に致命的な欠陥があり、音響学会でもまったく支持されておらず、一部の研究者がその存在を信じて主張を繰り返しているに過ぎない。
また、最近のいわゆる「ハイレゾ」ではスピーカが40kHzまで再生できることが日本オーディオ協会により規格化されているが、「超音波まで出ているから、可聴域までしか出ていないCDなどより音質がよい」といった印象操作を狙ったものなので、万人がその恩恵を受けられるとは考えてはいけない。

放射インピーダンスの飽和

スピーカの放射インピーダンスは、周波数が上がるにつれ6dB/octで上昇するが、あるところで効果が飽和し、それ以上の帯域では上昇が見られなくなる。飽和帯域は、一般的な10cmオーダーのコーンスピーカであれば、数kHz以上になる。これ以上の帯域では、f0共振がなくても周波数特性がフラットになり、一般的にはこの帯域が広いことが望ましい。

最低共振周波数(f0)

f0は、一般的なコーンスピーカでは再生可能な最低周波数を決める。f0共振がなければ、スピーカの周波数特性は純粋に放射インピーダンスの周波数特性を反映し、飽和帯域から-6dB/octで低周波側に向かって低下する。f0は振動系の質量mとコンプライアンスk(ばね定数)の比率から、√(k/m)の関係によって決まり、振動板が重いほど、エッジやダンパー、ユニット背面の空気ばねが柔らかいほど低くなる。同時にf0共振のQが下がり、f0における音圧は低下する。逆にf0共振のQが高いとf0付近の帯域で得られる音圧は高くなるが、同時にいつまでも振動系が振れ続ける過渡特性の悪い状態となり、本来ボン、ボンといった低音がボヨン、ボヨンと制動の効かない締まりのない音質となる。
f0共振は、密閉型かつ無限大バッフルという条件で計算すると、Q=0.7のときに周波数特性が最大限フラットになる。振動系のQは0.5のときに臨界制動条件となり、最も高速に振動が収束する理想的な状態となるが、一般にはフラットな周波数特性を優先し、Q=0.7を目標に設計する。振動系が臨界制動で理想動作しても、背面や床面による反射音により耳に入るときには臨界制動よりも収束時間は長くなることが多い。また小型スピーカでは低音が出ないので、もっとQを上げてf0付近の音圧を優先することも多い。

第一共振周波数(f1)

スピーカのインピーダンス特性を計測すると、f0共振より高いところに共振峰が見られる周波数がある。放射インピーダンスが飽和した帯域で、振動系の最も低い共振モードであるf0に対し、そのひとつ上の共振モードを示す周波数をf1という。f1は理想振動する周波数特性の上限の目安となる。

分割振動と第一逆共振周波数

f1からさらに周波数が上がると、逆共振によるディップ帯域が見られることがある。これを第一逆共振周波数といい、ボイスコイルを中心とした振動板の大部分と、エッジに近い部分が逆相で振動することで、出力音圧がキャンセルされ音圧が激減する。レーザードップラー振動計で逆共振周波数の振動板の状態を調べると、コーンの中ほどで見事に2つの領域に折れ曲がっていることがわかる。このように、コーンスピーカにおいて第一逆共振周波数より高い周波数では、振動板が均一に振動しない分割振動帯域に入り、周波数が上がるほど音圧が減少していく。圧電型スピーカや静電型スピーカ、FPSのようなマルチセルスピーカでは、振動板全面にかかる駆動力が均一に近く、明確な分割振動は起こさないこともある。分割振動は一点駆動のコーンスピーカの最大の弱点である。なお、分割振動は音波の干渉効果による音圧の減退なので、歪みによる付帯音は生じず、EQで補正すれれば音色の変化は起こさないことには留意する必要がある。分割振動を抑えるために振動板を硬くしたり、振動板内に補強リブを立てることがあるが、あくまでより高音まで音圧を得るのが目的であって、音色を改善する効果はない。

固有振動と高域共振

第一逆共振周波数よりさらに上の帯域では、様々な理由により振動板は部分共振を起こし、周波数特性に複雑なピークディップが生じる。また、全面駆動のスピーカでなければ、一点駆動のスピーカは振動板を叩いているのと同じことなので、例えば金属の振動板を使用すれば叩くとカンカンと金属音がするように、駆動により付帯音を生じて素材特有の音色を生じる。分割振動と異なり、固有振動はスピーカの音色に影響を与える。振動板の素材として最も一般的なのは紙(セルロース)である。紙のような繊維質の振動板は、硬さは金属材にはまったく及ばず分割振動は盛大に起こるが、内部損失(摩擦による付帯音の熱エネルギーへの変換効率)が高いので叩いてもボソボソと特有の音色が目立たず、癖のない音質に仕上げやすい。f0共振が十分高い帯域にあるようなツィータでは、固有振動の効果が可聴域外になることが多く、剛性を重視した金属振動板も多用される。内部損失と剛性を両立する材料には、カーボンナノチューブが挙げられる。カーボンナノチューブは、三菱電機によりカーボンナノチューブ・コンポジット材料を射出成型したNCVスピーカが製品化され、主にカーオーディオ用にダイヤトーンブランドで展開されている。
スピーカメーカーでは、用途によって優先すべき特性(能率、周波数特性、対候性など)を設計段階で吟味し、スピーカを製品化する。

周波数-位相特性

高域共振などの領域でなければ、スピーカ単体で位相特性が問題になることはほとんどない。また、モノラル再生における単純な位相歪みは感知できず、ステレオで鳴らしたときのみに影響する可能性がある。
アンプやチャンネルディバイダ込みで位相が反転するといった現象は無視できず、クロスオーバー帯域の位相マッチングを怠ると音場が不自然になる。しかし、基本的に位相歪みはあまり問題になることはなく、よほど低周波でなければディジタルフィルタで簡単に補正が可能である。

高調波歪み

スピーカのようなシステムは、非線型性を少なからず持っている。一般にコーンスピーカの振幅が大きくなると、ボイスコイルが磁気ギャップから飛び出してしまい、意図しない電磁力の低下を招く。基本波に対して高調波(倍音)が生じると、極端にいえば音割れとして知覚される。JIS規格では20kHzまでの10次高調波までを計測して歪み率を定義すると定められている。
高調波の歪み率はTHDではなくTHD+N単位で表示されることが多いのは、基本波の高調波レベルのみを正確に計測するのが難しいので、単純に計測結果をFFTにかけ、基本周波数のエネルギーに対して基本周波数を取り除いた残りの信号のエネルギーの比を取ることで算出される。普通室内の簡易計測などでSNRが低い計測結果では、高調波成分ではなくノイズ成分が支配的となり、正確に高調波の比率を計測したことにならないので、注意が必要である。

混変調歪み

高調波歪みが音割れに近い音色と知覚されるのに対し、混変調歪みは音の濁りとして知覚される。非線型なシステムに二種類の周波数を同時に出力すると、その和と差の周波数成分が生じるのが混変調である。混変調の厄介なところは、イコライザなどで補正できないことである。スピーカ固有の音色とは、この混変調歪みの影響が強い。高調波歪みも混変調歪みも根源はスピーカの応答の非線型性にあるから、線形性の高いスピーカ、あるいは同じスピーカでも線形性が高い領域(概して振幅が小さい場合)では、歪みは抑圧される。

スピーカー(3)へ続く。