学問の小部屋

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(1)能率

スピーカはオーディオ機器の中で最も重要な部分である。本ページでは、スピーカの性能を音量(能率)と音質(音色)に分けて考え、性能が決まる要因を洗い出す。現在最も普及している動電型コーンスピーカを基本として考える。

音量を決める要素

スピーカに1Wの電気エネルギーを入力したときに得られる音圧を能率(エネルギー変換効率)という。スピーカの音質と音量には密接な相関があり、同一信号で駆動したときには能率が高く音量が大きいスピーカの方が音質もよいと感じる。これは、人間の聴覚のラウドネス特性が関係している。能率と音質は本来切り分けて考えるべき要素であり、音質は1W同士での比較ではなく同じ音圧において比較する方が正しい。しかし、能率は電気音響変換器としての性能の第一の指標であるので、まずは能率に関係し、スピーカの音量を決める要素から整理する。

スピーカの駆動力

動電型スピーカーの駆動力は磁力、静電型や圧電型スピーカの駆動力は電気力である。いずれも電気信号のエネルギーを音波に変換する効率は、磁力や電気力の強さによって決まる。動電型スピーカの磁気回路や静電型スピーカのバイアス電位による変換係数を力係数という。フレミングの法則から、動電型スピーカはF = IBLの力を発生さえるので、基本的に力係数Bが高いほど変換効率が高く能率が高い。しかし、動電型スピーカでは同時に制動力を増し、磁石を強くしすぎるとf0共振のQの低下を招き、低音の量感が減ったように感じる。動電型スピーカのQはその動作原理から0.7のときにf0以上の帯域で最も周波数特性がフラットになるので、Qを低くし過ぎるとスピーカ製品として完成させたときのバランスが悪くなる。同時にボイスコイルのインダクタンスLが高いほど強い力を受けるが、銅線などの金属線でコイルを作ると巻数に比例して質量や体積を増すので、際限なくLを大きくすることはできない。より細い線材でコイルを作れば巻数を稼げるが、同時に耐入力が下がるので、細くするにも限界がある。合計が同質量の銅線ならば太いほど耐入力が上がり、抵抗も下がるので注入電流を増すが、同時に巻数が減ってインダクタンスが下がるので、駆動力は変わらない。このように、インダクタンスにおいて巻線径と巻数にはトレードオフがある。

振動板面積

ある波長の音波を出力するには、理想的には半波長の直径をもつ振動板を用意する。音速を340m/sとすると50Hzでは3.4m、40Hzでは4.2m、30Hzでは5.5m、20Hzでは8.5mの直径をもつ振動板が必要になるが、このようなスピーカを用意するのは現実的ではなく、実際のスピーカでは振幅を大きくすることで音圧を稼ぐ。
振動板の面積が大きいほど、同じ振幅で動かされる空気質量は大きい。これを放射インピーダンスといい、円形振動板であれば半径の4乗に比例して大きくなる。あるいは、複数のスピーカユニットを並べて使用すれば、放射インピーダンスはその分大きくなる。二つのユニットを並列に並べて動作させると概ね2倍となる。高音域では放射インピーダンスの効果が頭打ちになり、以下に述べる振動系質量の方が支配的になり、振動板を大きくする必要はない。
放射インピーダンスの大小は、ウーファ口径を論じるのに有用である。ここでは半径の4乗にかかる係数を1として規格化した放射インピーダンスの変化を、複数化の効果を含めてユニット径に対して比較する。概して○○cmウーファーと名乗るものはエッジまで含めた直径で表すので、 その実効振動板面積は一回り小さいもので計算する。

この結果から、25cm径を2個と30cm径1個、38cm径2個と46cm径1個のそれぞれの場合の値がほぼ同等であるとわかる。スピーカの実測データから考えると、直径30cm程度のウーファ、あるいは25cm直径のウーファ2つであれば60Hz辺りまで無理せず再生可能となる。よって、本格的な音楽再生を目的とする場合、チャートの赤いボーダーライン以上のサイズのウーファを用意することが望ましい。サブウーファーでは、40Hz以下のみを再生すると音波の波長が4m以上にも及び、複数ユニットを配置したときの位置関係はほとんど関係なくなる。
市販品では、バーティカルツインという構造が提案されている。 ウーファーを上下に二つ配置し中央部分にツィーターを位置させる構造で、ウーファーの振動板面積とボックス容量を稼ぎながら省スペースを実現できる。千葉憲昭著「オーディオ常識のウソ・マコト」には、25cmウーファを2つ搭載したPIONEER S-1000 TWINが日本の住宅事情に合った合理的なスピーカーとして紹介されている。
ウーファの複数化による実際の周波数特性の変化を調査した。カーオーディオ用の30cm径の密閉型ダブルウーファボックスを使用し、ユニット1個使用時、2個使用時の周波数特性の変化を調査した。ユニットのf0は62Hz程度であった。アンプはSONY TA-F501、マイクはBehringer ECM8000、ADCはE-MU 1616m(AKM5394A)を使用した。測定距離はスピーカ正面中央1mである。 計測ソフトはARTAを使用し、MLS法を採用する。 出力は1W程度であるが、今回は相対比較が大切であり絶対値にはあまり意味がない。1個だけ鳴らすときは、鳴らさないスピーカの端子をショートさせ、不要振動を抑えた。

それぞれの結果を計測し、2個同時に鳴らした結果は比較しやすいように-5dBしてみると、1個のときの周波数特性をトレースしていることがわかる。30Hz以下の盛り上がりは部屋の暗騒音である。 この結果から、30cm口径でf0が60Hz程度のスピーカにおいて、複数化すると放射インピーダンスが増え電気インピーダンスが下がることで音圧は大きくなるが、周波数特性の変化はないことがわかる。

振動系質量

振動系の質量は軽いほど能率が高く、不要な質量は負荷しないことが望ましい。特に振動板の面積の効果(振動系の放射インピーダンス)が飽和する高周波においては、能率において振動系の質量が支配的になる。しかし、放射インピーダンスが6dB/octで上昇する帯域では、振動板の質量に対して負荷空気質量の影響が大きくなり、振動板の質量は能率に対する寄与が下がるので、ウーファにおいては重さよりも振動板の堅牢性を優先することもある。
また、同様の理由から、ボイスコイルの質量においても大出力用のウーファであれば耐入力を優先して太い線を使い、ボイスコイル長を長くしてストロークを取れるようにし、ツィータではボイスコイルを短くして軽量な振動系に設計する。

バッフル・ステップ

スピーカユニットを取り付けている表板をバッフル(突き板)という。平面振動板の音圧を計算するときは、一般に無限大バッフルと仮定して、ユニット前面の空間のみ(2Π空間)と考える。このように考えると、スピーカから出た音波のエネルギーは背面に散逸することなく、すべて前面に放射される。しかし、実際のスピーカのバッフルサイズは有限であり、バッフルが小さいほど無限大バッフル近似から外れ、特に低音での音圧が下がる。ユニットのみで音を出したときと箱に入れたときでは、明らかに低音の出方が異なることがわかる。バッフルによる回折(バッフルステップ)効果を抑えることで、特に小型スピーカにおいてより豊かな低音再生が望める。スピーカ単体で効率的にバッフル面積を稼ぐには、上下に箱を伸ばしたトールボーイスピーカにすると、設置面積も増えず有用である。
また、ウーファを部屋の角に置くことも低音増強には有用である。壁面がバッフルの役割を果たし、一度背面に回折した音波を前面に折り返すことが可能である。

スピーカー(2)音質 へ続く。