学問の小部屋

ここは学問の黒板です。

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本ページでは、オーディオ業界におけるニセ科学を取り上げる。
ニセ科学とは、一見科学的なように見えて中身は科学的ではない、むしろオカルトや宗教に属する主張である。有名どころではラジウム温泉マイナスイオンゲーム脳、水素水など、聞き覚えのあることのある読者も多いと思う。ニセ科学は多くの場合、独占的な商売に結びついている。科学用語を適当に並べたり、支離滅裂な論理を科学的に認められているかのような記述にすり替えて、自社製品を売り込むハク付けに使われる。 都合のよいところだけを科学から引用する態度は、まさしく科学のつまみ食いである。
俗にピュアオーディオと呼ばれる業界は、業界の外から見るときわめて特殊な感覚や常識を備えている。オカルト商品やプラシーボ効果(何かを使ったという「情報」により、なんとなく効果がある気がする心理的効果)だけの製品でも、 "オーディオ用"と名がつけばしばしば高価で取引される。効果が曖昧で可視化しにくく、思い込みの余地が入りやすい分野ほど、このような問題が発生しやすい。

ケーブルのエージング

エージング、Aging(和製英語)と呼ばれる行為がある。言い換えると使い込みのことである。オーディオ業界では、ケーブルに流した時間や信号でケーブルの音質が変わるというのが通説である。エージング肯定派の説明によれば、 電気の流れを川の流れに喩えて水流で河川の土砂が整理されるように、 電流を流すほど信号が流れやすくなる、という。電流を流した時間によって素材の電気抵抗値が変化することを意味する。 銅線の電気抵抗は、電子が金属体の中を移動するときに金属原子にぶつかって(ある一定の距離まで近づいて)エネルギー状態が変化することで発生する。金属原子は元々微小な振動(格子振動)を起こしており、温度が高くなると格子振動が活発となって、電子とぶつかる頻度が高くなり、電気抵抗値が大きくなる。格子振動の状態は、温度や圧力が一定であれば、時間によって勝手に変化はしない。
ドライヤーや電気ストーブを長時間使うと、電源ケーブルが熱くなっていることがわかる。ケーブル内の抵抗によって、ジュール熱が発生したからである。スピーカのボイスコイルでも同じことが起こる。何時間も鳴らしっぱなしのスピーカのボイスコイルは暖まり、鳴らす前と比較するとインピーダンスが上昇してダンピングファクターが低下し、音質は微妙に変化しうる。また、エッジダンパーも鳴らし込みによって若干柔らかくなる。よって、エージング作業直後にスピーカから音を出して比較すると、普段聞いているときのボイスコイル温度とは異なる状態になっており、主に低音の量感が増し、制動が効かない音質に変化する。このような変化はケーブルが変わったのではなく温度、使い込みによるものであるから、しばらくボイスコイルを冷やして室温に戻せば、スピーカの特性も元に戻る。
長期的な経年変化として考えられるのは、空気中の水分や酸素による端子部の錆びである。 薄い錆びならば、トンネル効果で接触抵抗は問題にならないが、10年オーダーで放置していた端子は完全にさび付いてしまい、大幅に接触抵抗が増大している可能性がある。金属がむき出しの端子部分は、 日本のような高温多湿の気候下では、湿気の影響で錆びやすいため、 定期的にメンテナンスする必要がある。まともな被覆に覆われている部分は基本的に錆びは考えなくてもよいが、市販製品の端子のメッキは薄すぎるて、数年でメッキ効果を失うことも多々ある。
また、同軸ケーブルの絶縁材の物性が経年劣化で変化するとすれば、 周波数特性に影響する可能性はあるが、 そのような実測データは全く見たことがない。
楽器やスピーカーなどは、弾き込む、鳴らしこむことで 物理的な変化を生じる。同様の発想からケーブルも使い込むと何か変化するのではないかという直感は理解できるが、電流を流す時間で物性が変わるならば、 ステレオの音が変わるというレベルではないはるかに大きな問題が全宇宙で生じ、宇宙は今の姿を維持できなくなる。

クライオ処理

「ケーブルを液体窒素で冷やすと抵抗値が下がり、音が良くなる」という噂が飛び交っている。エージングの項目で述べたとおり、 銅線の抵抗値は温度が下がると低下するが、室温に戻れば元に戻る。クライオ処理の効果を堂々と掲げている業者があるので、kazimaはその効果についてメールで問い合わせをした。
以下にクライオ処理業者とのメールでのやりとりを抜粋して公開する。

kazimaからの質問1:
「HPの「クライオとは?」で紹介されている 「通常抵抗値2.7Ωがクライオ抵抗値2.5Ωに」という記述の、「通常」と「クライオ」とは、どのような条件下での測定値なのでしょうか?
また、金属における「分子クラスター構造」とは何ですか?」

業者回答1:
「ここで言う「通常」とは、クライオ処理を施工する前の、物質のオリジナルな状態と理解して下さい。 また、この記述における「クライオ」とは、当社が数年前まで使用していた、K社 オリジナルのクライオ処理を指します。 クライオ処理と言っても各社一様ではなく、技術の格差や処理方法の格差が大きく音質や画質に影響します。
尚、処理温度、処理時間等のデータは企業秘密の為、一切公開をしておりません。

>また、金属における「分子クラスター構造」とは何ですか?
物質は原子や分子で構成されている事は、ご理解の範疇と考え、ご説明をします。 クラスターとは原子や分子が数個から数十個凝集した集合体を指します。 故、ご質問の回答は、金属における、「分子の集まりのなかで、特定の一部の原子や分子が結びついて 一つのかたまりとなり、物理的に安定し、かつその集まりのなかで一定の役割をになっている状態です構造」 と表現できると考えます。
業務 こけはら」

kazimaからの質問2:
「金属の抵抗値は、常温〜液体窒素温度ならグリューナイゼン則に従って 格子振動(フォノンとして扱う)による寄与が支配的であります フォノンはボーズ粒子なので、温度依存性は絶対温度に対して比例 する抵抗値を示します。つまり、処理前と処理後で抵抗値を測定したとして、そのときの条件 (温度)は何度だったのかということを質問したつもりでした。
また、測定の際単純にテスターなどで二端子を使って測定すると、当然 ショットキーバリアなどによる 接触抵抗やテスターの導体部分の抵抗も一緒に測ってしまうことになります。この点を避けるために何か対策をされて、正しい測定を行われたのでしょうか?
貴社のいうクラスタが電気抵抗に対して影響を与えるものといえば、私の知る限り磁区によるスピンの揃い方と結晶構造の相転移しかありません。しかし、磁区の相転移により抵抗値が影響を受けるのは金属磁性体であり、銅や銀は磁性体ではありません。
金属を冷やせば、確かに結晶構造は変化し、相転移して単結晶化すれば結晶間接触面積は増え、抵抗値は下がると思います。クライオ処理でクラスタ構造が変化するとは、この点を主張されているということでしょうか?」

業者回答2
「弊社調べによる、常温(25℃)の同一条件で測定を致しました。kazima様がおっしゃる通り、温度により抵抗値は変化致しますので、ホームページの記述に 「弊社調べ」と追記することに致しました。
「クライオ処理」を施工しますと確かに抵抗値は下がりますが、処理をする部材や 環境下の違いにおいて、必ずしも抵抗値が下がる事を保証するものではありません。 むしろ、弊社のビジネスはピュアオーディオの感性、感覚で語られる領域とお考え下さってけっこうです。
クライオ オーディオ テクノロジー常務取締役 T」

とのことである。敢えて指摘するなら「四端子法はどうなったの?」

「オーディオの科学」著者の志賀さんから指摘を頂いた内容を掲載する。

"業者の言うことは話になりませんが、正確を期すため コメントすると、まず磁区の大きさは普通μmオーダーで、いわばマクロな 大きさです。クラスターと呼ぶことはないと思います。磁化方向によって 抵抗値が少し変化するのはその通りです。
単結晶を作る方法は溶融状態から固化するとき、気体から固化する場合、 あるいは、高温で長時間熱処理し結晶粒を肥大化するといった方法があります。 一旦出来た単結晶を高温から冷やしたとき、結晶変態が生じると、 むしろ単結晶は壊れます。代表的な例は純鉄で固化するときは、体心立方晶、 温度を下げると、面心立方晶を経て、室温ではまた体心立方晶になります。 従って、鉄の大きな単結晶を固化法で得るのは極めて困難です。もちろん、純銅や銀は結晶変態をしないので関係ありませんが。"

ウルトラシステム・エンハンサー

「システム・エンハンサー」 という商品を入手した。システムバーインCDとも呼ばれる。これは、24時間再生するだけで音質が向上するという"CD-R"である。特殊な電気信号を流すことによりランダムな向きをしている導体内の結晶が一列に揃って"音質がよくなる" という。
これは物理的には常磁性体が相転移を起こして強磁性体になることを意味する。銅線はそもそも反磁性体であり、 電流で強磁性体に相転移などしない。 それが本当にできるなら、物性物理学が根本からひっくり返る。 (将来的に物理学がひっくり返る可能性は否定しない。しかしシステムエンハンサー程度ではひっくり返らない)
しかし、理論の間違いは、この商品の効果がない証明にはならない。 少なくともCD内の信号は再生されるので、 それがどのような効果をもたらすかは本来やってみないとわからない。(万病に効くみかんが売られていたとする。 おそらくそのみかんは万病には効かない。 しかし、食べればみかんの味はするだろうし、 みかんに含まれる栄養は吸収されるだろう。 万病に効かないからといって、すべての存在意義を否定してはいけない。 どんなおかしな触れ込みでも、銅線をケーブルに使えば音は出る。)
効果を感じたという者からこの商品を受け取り、 ブラインドテストをやるよう要求され、無料で協力したところ、「変化なし」であった。この商品を送ってきた者は、自分ではブラインドテストをやっていない。以後このような実験のお誘いは、まず発送元でのDBTを求める。
また、実験後にこの商品の販売業者と連絡をとり、その理論について質問した。 結果は、「全ての説明は販売元のPAD社のものを日本語訳したものである」 であったので、この業者に理論的説明を求められなかった。またJARO(誇大広告審査機構)に連絡して 広告の是非を問うて頂いたところ、 業者は同様の回答をし、 HPのシステムエンハンサーのページから原理説明のページへのリンクを消した。その後この業者はシステムエンハンサーの取り扱いをやめたようで、 商品の記事そのものがなくなった。商品が売れなくなり取り扱う意味を失ったか、 代理店契約が終了したのかもしれない。このようなアクセサリは世に出ては消えていくので、 ひとつひとつを追いかける意味はなさそうである。大きな迷信となっているクライオ処理やマイナスイオンに比べると、 流行のスパンがかなり短いようである。

その他様々なオーディオアクセサリについて、以下のページにも紹介されている。
「からから亭」内の「踊る!オーディオ・アクセサリ」