学問の小部屋

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信号伝送

かつてオーディオ機器を含めた電機機器はすべてアナログ製品であり、アナログ電子回路技術は非常に重要なファクターであった。
ディジタル信号処理の黎明期には、信号全体をディジタル処理するほどのパワーがなく、表示系やカウンタなどの一部の機能にしか使用されていなかった。
現在ではディジタル機器の方が安価になり、信号処理はほとんどディジタル化されている。しかし、マイク、スピーカがアナログトランスデューサである以上、アナログ回路は依然として機器の中に存在している。
その技術を理解することは、ノイズやクロストークなど、ディジタルの世界では起こらない事象の理解の助けとなる。

アナログ回路関係の別ページ

アナログ・イコライザ
チャンネルディバイダー(クロスオーバー)・フィルタ
電源回路

ゲインコントロール

ゲインコントロール(信号の増幅、減衰)最も基本的なアナログ信号処理にあたる。オーディオ機器では、ボリュームに相当する。
もっとも簡単な方法は抵抗分割により後段へ渡す信号レベルを下げる方法である。アナログボリュームでは、Aカーブ2連可変抵抗を使用する方法が一般的である。個人製作のアンプなど、可変抵抗を入力端子に直結してアッテネータとすることがあるが、この方法では入力インピーダンスが変化するので、ボリューム位置により周波数特性が微妙に変化する。入力インピーダンスの変化を気にしてΠ型アッテネータ、T型アッテネータなどの違いにこだわる者がいるが、いずれにせよ入力端子直結にすると過大入力には無力である。
過大入力などの予期せぬ事態に対応し、安全な運用をするには、入力端子にはバッファアンプとダイオードクリッパを接続し、バッファアンプの後段にボリュームを配置する。
アナログ領域での増幅はトランジスタアンプ、オペアンプなどで可能であるが、そもそも現代のディジタル音源のレベルは十分に高いので、一般的なオーディオ機器では増幅はほとんど不要である。(静電型スピーカなど、最終的に超高レベル信号が必要なときを除く)
ディジタル信号処理におるボリュームは、単純な掛け算、割り算により実行できる。この方式のメリットは、ディジタル機器においてはほぼノーコストであることと、LR連動ボリュームにおける誤差がないことである。あまりに極端なアッテネーションは量子化ノイズの増大を招くが、そもそもディジタルボリュームで量子化ノイズが見えるほど信号が減衰する状況では、アナログボリュームでも同等以上のSNR低下を招く。
量子化誤差を招かない方法として、電源電位を変化させるという方法が実用化されている。(SONY TA-F501など、S-MASTER PROのパルスハイトボリューム)この方法では、ディジタルボリュームのような量子化ノイズの増大は原理的に起こらないが、アナログアッテネータの限界を超えたSNRが実現できるわけではない。
TA-F501はボリューム以外に色々と疑問なところがあり、一時期所有していたが放出した。

バッファ・アンプ

二つの機能モジュールの間に挟むことで何らかの効果をもつアンプをバッファ・アンプ(緩衝アンプ)と呼ぶ。バッファアンプの役割は、出力インピーダンスの高い機器を低出力インピーダンスで出したりするときに使用する。
前者としてよく使用されるのは、マイクプリアンプ、レコードプレーヤ用フォノアンプのように一段では十分に稼げないゲインを多段階に分散する。
後者で最もよく使用されるのは、マイクロホン素子の後段である。マイクエレメントの出力インピーダンスは100kΩ以上になることもあり、後段の入力インピーダンスも十分高くしないとまともな伝送ができないので、入力インピーダンスが非常に高く、出力インピーダンスが低いFETや真空管で受けてバッファ・アンプとする。このようにすることで出力インピーダンスを100Ω程度にまで下げて、さらに後段に送れるようになる。

伝送の入出力インピーダンス

通常オーディオ帯域では、送出側の出力インピーダンス(内部抵抗)を小さくして受信側の入力インピーダンスを高くする「Low出しHigh受け」を採用さし、インピーダンスマッチングを取らない。 インピーダンスマッチングは主に高周波において"電力"を効率よく伝送する考え方であり、信号線の長さが長くなり、周波数が高くなるほどマッチングを取る必要性が増す。インピーダンスマッチングを取ると信号の電圧振幅は半分になるので、オーディオ機器のアナログ信号伝送ではこちらの方が問題になる。
民生品のオーディオ機器のプリアウト、ラインアウトの出力レベルは2Vrmsを定格としている。なお、これは特に規格にはなっておらず、様々な機器を接続し合ってもトラブルが起きないようにという習慣である。
日本製品のアナログ音声入力端子の入力インピーダンスJEITA規格で定まっており、22kΩ以上であることという規定がある。これは入力インピーダンスが低いと焼損する危険が増すので、下限値を設定していることが原因のようである。
アナログ音声出力端子の出力インピーダンスは一般に50Ω〜1kΩの範囲で機器によって大きく異なる。出力インピーダンスが高いと伝送先の信号レベルが下がりやすく、計測時のSNRのスペックが下がるので高価な機種では低めの出力インピーダンスに設定していることが多い。なお、出力インピーダンスが低いと端子がショートしたときに出力機器を損傷する危険が増すので、機器を自作するときは100Ω程度に設定するのが適切である。
このことからわかるように、信号ソースとして出力インピーダンスが違う機器を切り替えたときに音量を同じにするには、後段のゲインを調整する必要がある。何も考えずにソース機器を試聴比較すると、低インピーダンスの機器の方が若干音量が大きくなり、より良好と判断する可能性があることに注意すべきである。

回路図に書かれてない部品

回路図には書かれていなくても意識すべき要素はいろいろとある。
薄く細いプリントパターンは微小な抵抗を持っている。導線が二本平行に並んでいたらキャパシタの構造を持っており、パターンは浮遊キャパシタンスをもつ。湿度によっては空気のインピーダンスが著しく下がり、浮遊インピーダンスの影響が無視できなくなる。ディジタル回路はそれ自体が高周波ノイズ源である。温度変化があると回路素子の特性は変わり、シミュレーション結果とずれる。
アナログ回路においてこのような様々な擾乱を避けることはできないので、理想的な環境での使用に限定するか、信号処理は極力ディジタルに任せてアナログは最小限にし、恒温槽などを利用した限界試験を適切に実施するといった処置が、プロのアナログ回路設計には必要である。