学問の小部屋

ここは学問の黒板です。

技術者の現状 その1

鹿島勇は現在、世間的に技術者と呼ばれる職業に就いている。
かつて「技師」といえば、機械工作を専門に扱う職人に近い扱いであった。
ところが、電子工学の発展により「回路技術者」が生まれ、さらにソフトウェアを扱う必要性から「ソフトウェア技術者」という職業も生まれた。
また、膨大で複雑な処理を行う機器が増えたことにより、各処理機能が正しく動作しているかどうかをテストする「テストエンジニア」または「ベリフィケーションエンジニア」という職種も生まれた。
これらから考えてもわかるように、世の中に溢れる技術をすべて学んでいる者は存在しないし、現在では担当項目が非常に細分化されてしまい、製品全体を隅々までわかっている技術者もまず存在しない。ひとつひとつの技術は単純な論理の連続であり、そのほとんどは誰でも簡単な手続きを踏むことで理解することができる。(カーナビには一般相対論による計算が必要なこともあるので、そういうのは例外)
自然科学に立脚した技術は誰でも学ぶことができる。ただ必要なのはやる気、時間、手間であって、そこでは素養、センスなどはあまり関係ない。未知の事象を研究するのでなく、先人が既に確立したものを学ぶ(覚える)だけであるからである。
それすらできないとなると技術者としてやっていけない。

しかし、いくら覚えるだけといっても、次々と技術を習得していく万能技術者はあまり存在しない。それは、細分化された業務の中で手元で繰り返しやらないといけないことが多すぎて、新しいことを覚えている時間が取れないからである。また、ひとつの分野に注力している間に過去の知識を忘れてしまい、頭の中にある技術の量はなかなか増えていかない。しかも技術の中には文章として残すことのできないノウハウがまだまだ大量に存在する。脳の記憶を取り出して永久保存できるようになれば変わるかもしれないものの、それができる目処は経っていない。やはり次々と技術を習得していくことは非常に困難である。
機械、回路、ソフトウェア、化学分析、品質管理、営業まで一人でできる人はまずいない。また、その根底にある基礎物理や経営工学まで全部把握することは、おそらく人間には不可能である。
個人事業主が一品物をつくる場合は、量産事業における品質管理の最も重要かつ手間のかかる部分が抜け落ちているので、完備ではない。
そんな中では、自分の担当している技術以外のこと、例えば隣の席の技術者が何をしているのかすら把握することができない。このような状況は製品が複雑化した結果であり、高度な製品をつくる以上は仕方のないことではある。

細分化は製品レベルの技術の流出のリスクを下げるというメリットがある一方で、担当者の分野の自由を奪う。にもかかわらず、技術者は一生の中で多くの場合分野移動を経験する。ある分野で一人前になっても、少し違う分野に移動した段階でスキルはリセットされて、また1からやり直しである。そこで一人前になる頃には元いた分野のスキルは陳腐化したり、ノウハウを忘れたりして使い物にならなくなる。

以上から、とても残念なことながら技術者というのは使い捨てられやすい存在なのである。次回はそんな状況の中で技術者がどう世の中を渡っていくのかについて考えてみる。