学問の小部屋

ここは学問の黒板です。

続・天ぷらそばの一般論

前回のエントリーで天ぷらそば用の天ぷらには二種類の食べ方があるということを論じた。
今回は天ぷらを載せたそば自体の味わい方である。
かけそば、かけうどんという食べ方はラーメンに似てつゆと麺のバランスが取れて初めて上質の味わいを得ることができるが、麺の味には素材の味わい以外にも歯ざわり、喉ごしが重要である。

一般にラーメンは背脂を上から振りかけたり、そうでなくてもラードを使って表面に油膜を張ることがほとんどである。また、ラーメンは丼に盛るときもスープ→麺という順番で入れのに対し、うどんやそばは茹で上げた麺を先に丼に入れ、そこにかけだしをかける。

ラーメンの場合は油膜を張ったスープの上から麺の表面が油でコーティングされ、さらに食べるときにスープの中から引き上げるときにまた油膜を通るために、非常に滑りのよいツルツルとした食感が得られる。
うどん、そばの場合はこれがないため、すうどんではツルツル感は期待できない。

これに対して天ぷらを投入したうどん、そばはラーメンと同じくつゆの表面に油膜ができるため、かけだしだけのときよりもはるかにツルツル感を得ることができる。これは天ぷらそば、あるいは天かすを入れるだけの関東のたぬきそば(関西で言うところのハイカラそば、関西ではたぬきとは油揚げ入りのそばのことを示す)だけで得られる食感である。

ところが、油分は麺の表面をコーティングするだけでなく味覚も鈍らせてしまいあらゆる味をまろやかな方向にシフトさせるため、そばやうどんの風味を損ねてしまう。

うどんの場合はまだましであるが、そばの香りを楽しみたいときは天ぷらそばはそれ自体NGである。つまり、天ぷらそばとは本質的に大衆食であり、品質の悪いそばでもそれなりにおいしく味わうことができるよう工夫された料理法なのである。

これはインドのチャイの境遇に似ている。かつてインド産の紅茶のよいものはほとんど東インド会社によってイギリスに運ばれてしまい、残ったくず茶をいかにおいしく味わうかという方法で編み出されたのがチャイである。昔ながらのチャイは大鍋でくず茶をとことん煮込み、ミルクと砂糖をたっぷり入れて相当甘く仕立てたものであり、当然このような製法では茶葉の微妙な味わいなど得られるわけがなく、「いかに手元にある材料で紅茶風のおいしい飲み物をつくるか」を具現化したものである。

ちなみに、現在鹿島勇が所属している企業の社食はおそろしくかけだしの品質が悪いそばを出すために、いつも安い天ぷらを入れることで味を誤魔化すことにしている。いわば天ぷらそばの本質的な食べ方をしながら、かけだしの改善をいつも願っている。