学問の小部屋

ここは学問の黒板です。

世間で色々と波紋を広げているPSE法。メディアの報道は大事なことを欠落させているのでは?という思いがあります。総じていくつかの問題点を指摘し、最終的にPSE法を擁護する立場を取る理由を提示します。

まず、反対派の意見は・・・

1.中古の”ビンテージ”楽器や”名機”と呼ばれるAV商品が埋没していってしまい、音楽文化の衰退につながる。特に音楽業界人にとっては、必要な道具が自由に手に入らなくなり打撃を被る(坂本龍一を担ぎ出して署名運動も行われた)
2.中古業者にとって見れば、死活問題である
3.リサイクルの点から見て、まだまだ使えるものを捨てるしかなくなるのはもったいないし、地球のためにならない

というのが、大筋の意見であろうと思います。
これらの点に留意しつつ、賛成に至る論理を書きましょう。

ビンテージ、機器の価値について。
つい先日"ビンテージ"品については規制が緩和された。しかし、これはビンテージであり希少価値が高い、ということを一体誰が判断するのか。また、希少価値とはプレミアがついているという意味となる。これは、単にマニアが価値を見出しているだけで世間一般でその評価が高い、即ち”価値がある”と認められたものではない。例えば昔の切手などは、収集家にとっては非常に価値のあるものでも興味のない人間にとっては紙くずでしかない。趣味性を排した実用的価値という言葉を定義するなら、今回のビンテージ品と呼ばれるものはどうだろう。
個人的な思いからいけば、懐古主義的な古いAV商品礼賛は宗教がかっているのであり、実用的に出てくる映像、音声の品質を考えて実用的価値を見出すことがあまりない。(例外はもちろんある)
むしろ、宗教的な聴覚論争(自分には違いがわかる論)を回避するためには、ビンテージのプレミアがどうのこうのといった懐古主義はない方がよいという思いはある・・が、これはあまり重要ではない。
「古くて高かったものこそいいものだ」と考えることが一概に正しいわけではない(弦楽器などはまさしくそこに実用的価値がある場合が多い。実際celloは古いほど素材の木がよく乾燥しており、よい音色を出す要因となる)
現代の製品は確かにコストダウン、大量生産化を考えずに作られることはまずないため、政策側としては妥協の産物でないものは存在しないだろう。だからといって、実用的価値が過去のものに劣るかどうかはそれだけで判断できるはずがない。20年以上前の、40万円以上した8インチフロッピーディスクと今の100円ショップのDVD-Rと、どちらが優れているだろうか。(時間的耐久力という意味ではDVD-Rは劣るかもしれない。しかし、元々デジタルデータはメディアを固定して保守するという仕組みで作られているとは言えない。)
では、音楽の現場で使われている古い機器はどうだろう。確かに現場では古い機器が実際に使われているし、独特の”よい音を出す”と言われる事が多いだろう。では、本当にその機器が音の味を作っているのかと言われれば、DBT(ダブルブラインドテスト)にでもかけてみなければわからない。現実問題としてすべての機器についてDBTを行うことはできないし、それにはおそらく意味はないだろう。
違いがあるとした上では、真空管を使った機器などは歪みが多いため、個性のある音が出てくるという場合は当然あるだろう。それに類する形で、音を加工する上での実用的価値はあるとも言える。しかし過去の機器は現在ではソフトシンセという形で十分なほど提供されており、ハードウェアとして保守しなければならない理由が見つからない。(同じ音源のハードとソフトのDBTなど、見たことがない。差があると言うのなら実証主義に基づいてDBTで示してもらいたいものである。)MOOG V2、DX-7、テルミンなどを始め、主要なものはソフト化されている。エフェクタはDSPを使った方が、アナログ化することによるSN比の劣化を招かないという点でデータ的にベストを尽くせる。これはデータ的にであり、アナログの独特の歪が好きという人はいてもよい。ただしそこに金をかけることが市民生活にとって得であるとは全く思わない。
ライヴではハードが必要なことも当然あるだろう。これは音源がプラグイン化されているシンセがあれば済むものかもしれない。あくまでハード音源を使うということが何を意味するかは、最後に述べる。
それでも過去の機器を使いたい場合、業者から買うことはできなくても個人取引はOKということだから、本気で探せばいくらでもありそうなものである。それこそ、そういうものに価値を見出す集団なのだから。

中古業者について。
僕自身中古業者にはお世話になることが多い(主にブックオフとか)。では、今回のトピックである中古家電を扱う上で、期限が4月に迫っている法施行を前に業者はベストを尽くしたろうか?五年前から法律の広報自体はされているが、不十分という声は高い。では、業者側は何か自分の事業を保守するための努力をしたのだろうか。マスコミが取り上げ始めたのは今年始めくらいからであり、そういう意味での周知はなかったろう。では、それ以外の方法で業者は情報収集しようとしなかったのだろうか?法が制定されたときに、こういう事態になることは十分予想できただろうから、その時点で業界団体などが危機を察知して周知させるということはなぜ行われなかったのだろう。世論に訴える前に、すべきことがあったのではないだろうか。

リサイクルについて。
まだ使えるものを使おう、モッタイナイをキーワードにしよう、という点は、原理的には非常によいものだろうし、それがなくなってしまっては世界は立ちゆかないところまで来ているだろう。ゆえに、リサイクルは今後の地球にとって非常に重要なトピックと言える。
では、過去の機器をそのまま使うことは果たして地球にとってよいことなのだろうか?
新しい製品は、エコロジーという言葉が周知しているため、消費電力を下げたり無駄な素材を使わないようにしたりして、”環境に配慮した”設計となっていることが多くなってきた。その点、古い家電はそういったことを全く考えていない+技術が古いため、総じて消費電力は高いし、頑丈に作るために冗長な設計となっている。売るため、機能向上のためだけに作られたこれらをそのまま使い続けることが、地球環境にとって本当によいことかどうかは非常に怪しい。
つまり、新しい機器を購入して新製品開発のための投資につなげるときに生じる経済効果、古い機器を廃棄することまで含めてのコストと熱量と、古い製品をそのまま使った場合の大きな消費電力を野放しにした場合の経済効果、コストと熱量を比較して、どちらがエントロピーを増加させるかまで考えなければ意味がない。古い機器を使うことによってエントロピーを余計に拡大させているのであれば、リサイクル、リユースする意味がないし、多くの場合それはあてはまると見てよい。ただし、ひとつひとつの事例においてこれを見極めることは甚だ困難である。どちらかと言えば、僕自身は新しい機器を選ぶ。古いものをあまり持っていないから、わざわざ今から古い機器を選ぶ熱力学的な意味がないからだ。

ここで、最初のポイントに戻ってみる。ハードウェアの音源を使い続けることは、果たしてエントロピーの面から言えばどうだろう。上に書いたことは世の中の事例に例外なくあてはまるから、これも例外ではない。古い機器を使い続けることが、エントロピーの面から見て地球環境にプラスとなるかどうかは疑問であるし、趣味の問題での個人のエゴ(古い機器を使いたい)で済まされるほど、地球環境は人類に優しくはない。

結論として、過去ほどには廃棄物がそのまま捨てられることがなくなり、素材レベルのリサイクル体制が大分整ってきた(もちろんまだまだ問題はある)現在において、PSE法そのものには賛成である。
しかし今回の騒動では法律側の不備も多々見られるところなので、その点については議論を重ねて修正していって頂きたいものだ。


一概にリサイクルが成立していると思わないこと、もっと色々なことを考えないといけません。

マスコミは「広告媒体」という意味(鹿島勇)